株式會社らくよう綜合研究所 猪口公認会計士事務所

税務

2018.01.27

コインチェック社の仮想通貨流出事案に触れて


猪口です。
時勢もございまして、仮想通貨・ビットコイン関連のご相談が弊事務所にも少しですがございます。
また、顧問先の経営者・従業員等で所有されている方もちらほら。

先日、平成30年1月26日、仮想通貨取引所のコインチェック社から約460億円相当の仮想通貨(NEM)不正送金により流失した事件が話題になっております。
仮にこのまま回収できず所有者が不利益を被った場合の税務処理を考えてみました。
※あくまで現時点での私見であり、税務的な処理の正確性については未検証ですのでご留意ください。

流出したNEMが回収されない場合ですが、倒産という結末も十分に想定されると考えますので、その前提です。

 

・仮想通貨は利益確定時に雑所得として処理されるのが原則的な整理です。
 以下の記事が非常によく整理されております。
 https://btcnews.jp/3b2pzy9m12639/

 

・本件の場合、仮想通貨に含み益がある場合にはその含み益が強制的に実現され、同時に貸倒損失で相殺させる処理のイメージになるようにも思いますが、ちょっと微妙な論点です。ただ、実際に損しているのが明らかであれば雑所得の税務実務としては何もしなくてよいと思います。

 

・また、所得税の所得控除の中には雑損控除という規定があります。災害や盗難などで資産に損害を受けたとき、総所得金額の10%を超える部分について所得控除できるというものです。これが本件のような場合に適用できるのかは、論点になると思われます。

 

・なお、日本振興銀行のペイオフ発動時の預金者の損失は雑損控除と認められておりません。この考え方から類推すると、本件も雑損控除と認められない可能性があります(所有者は損失に対して税務上の救済措置はない)。

 

・他方、仮に雑損控除が認められる場合には、当然給与所得等からも控除が可能となりますので、確定申告することで損失の一部を実質的に取り返すことが可能になるかもしれません。
・この議論は 1.仮想通貨が雑損控除の対象となる「資産」に該当するのか、2.本件のケースが「災害や盗難等」に該当するのか、の二つの論点があるように思います。
 1については、所得税基本通達72条1−1の「不動産所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務(事業を除く。)の用に供され又はこれらの所得の基因となる資産」に該当し、雑損控除の対象となることが原則として認められると考えます。
 他方、日本振興銀行の事例では2の「災害や盗難等」に該当しないので雑損控除の適用外という整理になってます。本件経緯については盗難として整理する考え方もありうるように思いますので、場合によってはこの辺が熱いトピックになる可能性があると思います。

 

・とはいえ結論としては、利用者に厳しい結果になる公算の方が高いのではないかと考えます。

 

【1/28追記】

コインチェック社より、当該被害にあった利用者に対して日本円JPYにて返金する保障方針が示されました。

仮に、JPYによる返金が実行された場合(正確には、仮想通貨NEM以外の何かに変換された場合)、含み損益が実現することになり課税対象のイベントとして認識されると思われますので注意が必要ですね。

具体的な時期や方法が未定ですので、動向を見守るしかありませんね。

 

【1/28追記】

今回の事案で違和感を感じる言説を多く見聞しており、なんだかどうしても気になっております。
批判的な意図ではないですが、たまたま目にした以下の記事についても思うところがあり、少しコメントします。
 
 
>不正流出が検知された頃のXEM価格で620億円、価格が下り、コインチェックが発表した時のXEM価格で580億円という価格に比べれば2割、3割低いもので被害者が本当に納得するのか。
 
これは全く指摘の通りで、この条件を強行した場合には、高確率で訴訟になるのではないかと思います。
ただ、まだ確定された対応ではない点には留意が必要だと感じました。
 
 
>投資家保護の観点からはおかしいだろう。
 
これもその通りではあるのですが、現状コインチェック社は金融庁の登録に至っていない状況であって、むしろ「一定の投資家保護の水準が担保されていないかもしれない会社」と評価されるステータスなのかと。
 
 
>仮想通貨だから損した人は自己責任みたいな声も聞くがこれは間違い。市場価格の下落ならそうだが、預けてある販売所から不正喪失したものは、全く所有者の自己責任に当てはまらない。
 
捉え方にもよりますが、利用者とコインチェック社との取引の中で生じた損失であり、詐害的なことが行われたのであれば別ですが、結果として利用者の自己責任と判ぜられる部分はどうしてもあるのかなと考えます。「利用者が悪い」などということはもちろん有り得ませんが。
 
 
>重要なのは、今日の新聞各紙の返金という記事などで、この問題は終わったという風潮を作らないことである。
 
その通りですが、そもそも本当に返金対応できるか否かは公式なリリースからは現状不明ですね。
個人的な意見ですが、JPYでの妥当な額の返金対応が実現するならば、相応に免責してあげてよいようには思います。
 
 
>結果として、試算すれば、コインチェック社は460億円返済してもこれは雑損であり、損金で落とせる。大量保有しているXEMを市場価格で売り、88.549円で返せば差益まで出る。その後のXEM価格の上昇からも、ハッキングで喪失したおかげで、コインチェックは差益がかなり出る可能性がある。
 
この点だけは、ちょっと早計ではないかと。
そもそも、銀行の会計処理と同じで、顧客からの預り金はグロスアップ(資産と負債に同額計上)なので、不正送金されたXEMの行方がどうなるかによって、またその事象をどのように認定するかによって、会計・税務的な処理は全然異なってくると思われます。
また、価格の妥当性についてはかなり難しい論点で、株式買取請求権に関する株価に関する訴訟の事例も少なくないように、金融資産のリスクの捉え方や基準時点の考え方は単純なものではありません。どの時点を基準とした評価額が妥当なのか?基準時点以後に生じた事象を価格に織り込むべきなのか?という論点もありまして、訴訟になった場合は非常に議論になり得るポイントかと思います。公式で示されている内容はあくまで現時点の方針ということになるのではないかと思います。 
 
>実際、これにより、26万人のXEM保有者は来年の確定申告で雑所得申告の義務が一律に発生した。これが財産の保有者である26万人の意思に関係なく、一方的に決まったのである。
 
時期や方法は未定というのが公式なアナウンスですので、この主張は誤りかと思います。
ただし、場合によってはここで指摘されているようなこともあり得るので、コインチェック社側は十分な留意と税務当局との事前コミュニケーションが必要なのは確かです。
以上です。

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